強い人と弱い人

強い人、弱い人。

そうした人はいない。

そうさせる状況、事態や人間関係があるのだ。

私たちは誰もが服を着ています。

洋服、和服、スーツや制服、普段着、部屋着、ハレの日のオシャレ.etc……

「昨日道で裸の人とすれ違って……」なんて会話をする人は、いませんよね?

あなたも私もあの人も、それぞれのシチュエーション、TPOに合わせて、服を着ていることだと思います。

お葬式なのに白のタキシードだったり、満員電車の中で下着姿だったり、それこそ裸だったりする人はいません。

そういう人がいたら、おかしいと思いますよね、間違いなくきっと。

着ている人がどんなに素晴らしい人でも、正しい人でも、総理大臣だろうとも、アイドルだろうとも、警察官や裁判官であっても、「その人自身がどういう人か?」ということとは全く関係なく、その場にそぐわない白のタキシードや下着姿であったら、評価は180度、手のひらをクルッと返すように変わってしまいます。

ファッションというものは、誰もがその場の状況に合わせます。

もちろんその中でも、多少のオシャレかどうか?という違い、差はありますよね。

スーツの着こなし、店員さんの制服、スポーツのウェアの着こなし……

こうしたことは基本的なルールを押さえ、そこから意図的に1つハズしたり、サイズ感を調整したり、カラーを統一したり派手にしたりと工夫します。

それは、「一定のルールを守ってこそ」のオシャレです。

着物

突然ファッションブログに看板の架け替えか?なんて思われるかもしれませんね。

もちろんそんなことは無く、1つの説明としての「服」なのです。

ある人が「強い」か「弱い」か?

こうしたことって、どんな服を着ているか?ということに似ている部分があると思うのです。

その人自身には「強い」とか「弱い」というような分け方はありません。

ただ、その人の状況や人間関係の中で「弱い」という服を着せられてしまうことがあるな、と思うのです。

最近はあまり見かけませんが、学生服の中学生。

短ラン長ラン、裏地に龍、ダボダボのズボンを履いていたら、立派な不良とみなされます。

見えないところで「路地裏の捨てられた子猫に、傘を差しだす」

たとえそんな優しさがあったとしてもそれは見えないところですから、「そういう人」として扱われますよね。

先生にも親にも、地域にも、一目で問題児だとみなされます。

こういう違いのあるファッションをするとは、たいていは何かの、誰かの影響です。

仲の良い先輩や仲間がしているとしたら、影響があります。

ドラマや漫画の影響もあるでしょう。

ちょっと強引ですが、経済的に買えないので、仕方なく選びようのないお下がりを着ている。

こんなこともあるかもしれません。

人間関係、教育的環境、経済的環境……

どうしようもない理由があったとしても、大勢の人たちとは一線を画した不良です。

その人の中身とは関係ないのです。

数年ぶり、数十年ぶり……バッタリと久しぶりに見かけたら、思わぬ人が罪を犯したり、見るからに変わり果てていたり……

ここまでのたとえになると大げさかもしれませんが、久しぶりに会うと人が変わったようになる人って、結構いますよね。

でもそれって、その人が「別人に入れ替わった」のではありませんよね?

宇宙人が変身しているとか、スパイがなりすましているとか、記憶を失っているとか……そんなのは漫画や映画だけの話です。

きっとその人を取り巻く、人間関係や健康状態、経済状況などの環境の影響ではないかと思います。

  • 人員削減で職場の人数が半分になったら、どんなに優秀な人でも磨り減ってしまいます。
  • パートナーが非協力的なのに、両親にパートナーに子供の面倒をみながら、優しく明るく穏やかでいられるでしょうか?
  • 財布の中身を数え、明日の食費を思い悩む経済状況だったら、道路やスーパー、自販機の近くなど、下を鋭くにらみつけながら歩くかもしれません。

このようなことは、確実に取り巻く環境に影響されている状態でしょう。

  • 仕事が定時だったら
  • 家族全員が協力しあっていたら
  • 余裕のある経済状況だったら

こんな状況だったら、きっとその人の疲れ、健康、様子、目つき、オーラ、雰囲気……まるで違う印象を与えるはずです。

落ち込む

このように、その人を取り巻く環境とは大きく影響します。

取り巻く環境が、その人を見たときに感じる何かについて、大きく左右する重要なことになっています。

その環境が苦しいもの、キツイもの、しんどいものだとしたら、その人自身がどんなに素晴らしい人であったとしても、それをキレイに包み隠して、一切を無かったことのように「着飾って」振る舞うことは難しいのではないでしょうか。

どうしたって「にじみ出るもの」はあるものです。

人には強い、弱いという違いありません。

ただそうした状況に追い込む、人間関係、経済、プレッシャーという環境があるのでしょう。

そんな追い込まれた状況であったら、「アレ?」と思われるような服を着ている状態になっていても、仕方がないことなのです。

ただ、そうした状況を解決しようと目指すことで、きっとその人本来の「らしさ」に着替えることができるのではないかと思うのです。

その人自身の長所、良さ、特徴、経験……こうしたものが十分に発揮されて、取り巻く環境をガラッと変えていく、そうしたことのお手伝いができれば、と思うのです。

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